小さき兄弟会総集会
ポルチウンクラ
 
(サンタ・マリア・デリ・アンジェリ)
2003・05・25−2003・06・21
(日本語版)

特別講演
教皇メッセージ 総長報告 (0) (1) (2)  (3) 特別講演 総括文書  (1)  (2)  (3)

喜びと平和

 

2003年6月10日

ティモシー・ラドクリフOP 

 今日皆様とご一緒できて大変嬉しく思います。私がドミニコ会の総長(Master)だった頃、フランシスコ会との関係は私にとって大変重要でした。兄弟へルマンとも兄弟ジャコモともまことの友情で結ばれ、よく合同の評議会(Councils)を開いたものです。

  このたび、宣教(mission)について皆様にわたしの考えを話すようにと依頼されました。当然のことですが、フランシスコ会とドミニコ会の宣教に対する考え方は非常に似ていると同時に非常に異なってもいます。私たちは宣教について長い歴史を共有しています。1225年に教皇ホノリオ3世が書いた、フランシスカンを宣教に派遣する教会の最初の公文書は、ドミニコ会にも宛てられたものでした。私たちは共に北アフリカへ宣教に送られたのです。私たちの間に諍いがあったのも確かですが、兄弟だったら、それも当たり前でしょう。 

 兄弟ジャコモのこの総会に宛てた報告書 を読みましたが、それは私が前回の総会で書いたことと内容がとてもよく似ています。私たちは同じような難問にぶつかり、同じようなプロジェクトを抱えています。たとえば、ブリュッセルの国際共同体のこととか、イスタンブールの共同体強化のこととか、北アフリカの刷新などです。私たちはジュネーブの人権委員会にも共同事務所を置いています。私は自分の書いたものを読んでいるのではないのだ、と何度か読むのをやめて確かめたくらいです。しかし、私たちはまた、フランシスコとドミニコが違っていたように、非常に違っています。ですから、私のお話することが皆様のお役に立つのではないかと思っています。もし、お役に立てなければ、かつてアメリカで講演をしたある兄弟のことを思い出すことで自分の慰めとしましょう。彼は、講演を終えて着席した時、拍手があまりなかったので、隣の人に「講演はそれほど悪くなかったと思うんだけど」と話し掛けました。すると、その人はこう答えました。「あなたが悪いのではないよ、あなたに講演するように頼んだ人が悪いのさ」。

  まず、皆様は修道生活が危機に瀕している時代の宣教について熟慮・反省しておられます。ほとんどの修道会が、皆様と同じように召命の不足や退会という問題を抱えています。兄弟ジャコモはその報告書 の中で、「ここ数年の間に、本会の会員数は急速に減り、今後はその傾向が加速するだろう」と述べています。危機にあっては、宣教の大胆さが失われ、内向的になりやすいのです。生き延びるのに精一杯ということになりがちです。たとえば、各管区は自分のところのニーズを満たすことにばかり関心が向き、会全体の使命というものを忘れがちですし、各修道院は自分の共同体が生き残ることばかり考えていて、管区のことを忘れがちです。また、各兄弟は他の兄弟たちのことを忘れて、自分のニーズを満たすことばかり考える、といった具合です。生き延びるという観点で考え始めたら、私たちは終わりです。生き延びるために入会する若者が一体どこにいるでしょうか。しかし、この総会で、皆様は生き延びることについて考えるのではなく、宣教について考えることを選択されました。

  まず大切なことは、この危機を怖れないことです。皆様の宣教(mission)は、キリストの生き方を分かち合うことに根ざしています。そして、キリストの生き方は危機に満ちていました。実際、キリストの宣教(mission)は最後の晩餐の時にその究極的な危機を迎えます。イエスはご自分の回りに弟子たちを集められましたが、その共同体は破裂寸前でした。ユダはすでにキリストを裏切り、ペテロはキリストを否もうとしていました。他のほとんどの弟子たちも逃げ出そうとしていました。イエスの生涯は、失敗と挫折に向って漂っています。しかし、この危機の瞬間なのです、イエスがあの最も希望に満ちた行為を示してくださったのは。イエスはパンを取り、弟子に与えて「これはあなた方に与える私の体である」と仰せになりました。共同体がばらばらになりそうになった時、イエスは新しい契約を宣言されました。私たちが祝うすべての聖体祭儀は、耐えて乗り越えたこの危機の記念を再現しているのです。危機を怖れる必要はありません。教会は一体として生まれたのです。キリストに従うということは、危機を通り抜けるということです。フランシスコ会もドミニコ会も多くの危機を乗り越えてきました。皆様はフランシスコの死を、そしてお互いに、ペストや宗教改革、フランス革命、バチカン公会議以降の苦難と栄光に満ちた歳月を体験してきました。危機は神の国に入るための足がかりなのです。

  フランシスカンはドミニカン以上に、宣教とは生き方、在り方に根ざすものであるということを常に強調してきました。兄弟ジャコモがその報告書 の中で述べているように、「フランシスカンの宣教は地理的というよりも、人類学的なものです」。私の直感では、皆様の宣教の中心には聖フランシスコの喜びがあるはずです。皆様の会則には、「喜びをもって」世を巡るようにと定められているではありませんか。陰鬱な説教者がよい知らせを持ってくるなどと誰も思わないでしょう。ニーチェが書いているように、「キリストの弟子はもっと救われた面持ちをしていなければなりません」。 

 聖フランシスコと当時の兄弟たちは喜びに満ちていました。クララの手紙は喜びに満ちています。ドミニコと最初の兄弟たちもそうでした。伝記によると、ドミニコは兄弟たちとよく笑う人陽気な人だったらしいです。これは、説教者に与えられた最も基本的な権能です。ある日修練者のグループが寝る前の祈りの最中に失笑してしまうエピソードが語られています。その時、年長の兄弟が、祈りの最中に笑ったことを叱責しました。しかし、ドミニコの後継者サクソニアのジョルダンは逆にその兄弟を叱責し、修練者たちにこう言ったのです「心ゆくまで笑いなさい。注意した人のために笑いをこらえなくてもいいです。私の許可を得たのですから、それに、悪魔の束縛を脱しているのですから、笑って当然です。 大いに笑いなさい。そして思う存分陽気でいてください」。陰鬱な兄弟は説教者の会(ドミニコ会)に入ることはできませんでした。

  パリの前の大司教であったシュアール(Suhard)枢機卿はこのように言っています「証し人になるということはプロパガンダに参加することでも、人々を扇動することでもなくて、生きた神秘となることです。それはつまり、神が存在しなければ人生は無意味になってしまうような生き方をすることです」。人々は、私たちの中にえもいわれぬ喜びを見つければ、福音に引きつけられるでしょう。私たちの喜びは神が存在しないならば意味を持たないものです。彼らは私たちの喜びに引きつけられ、その喜びの源が何なのかと不思議に思うはずです。それは生きた疑問符であり、招きなのです。私は昔エルサレムの古い町並みを一人で歩いて帰ったことがありますが、その時、踊っているHassidimでいっぱいの部屋を見かけました。彼らの喜びを見た時、彼らの信仰を見たと思いました。

  フランシスコが強調しているのは、皆様の生活はイエスの生き方に参加することだということです。そして、イエスの宣教は、洗礼を受けて父なる神が喜ばれた時に始まりました。イエスが水から上がられた時に、天からこう告げる声が聞こえました。「これは私の愛する子、私はこれを喜ぶ。」イエスの宣教の「源泉」は、父なる神が御子に対して抱いた喜びであり、御子が御父に対して抱いた喜び、すなわち聖霊です。ドイツ人のドミニコ会の神秘家マイスター・エックハルトは、神のいのちの中心にはこの押さえきれない笑いがあると言っています。「御父は御子をご覧になって笑い、御子は御父をご覧になって笑う。この笑いは楽しさを生み、楽しさは喜びを生む。そして喜びは愛を生む」のです。彼によれば、神の喜びは、楽しそうに野原を駆け巡る馬にたとえられるそうです。 

10 私たちの説教はみな、人々が自分の家庭をそのような喜びにあふれたものと考えるようにとの招きなのです。イエスは宣教を始めるに当たり、徴税人や売春婦と飲食を共にされました。イエスは彼らと一緒にいることを楽しんでおられました。一緒にいることが喜びだったのです。すべての人が教会の中に喜びがあり、自分たちの存在が神に喜ばれているということを見いださない限り、教会の言うこと、特に倫理道徳についての発言には何の説得力もありません。生活がめちゃくちゃで、教会の規則に従った生活を送っていない社会の最下層の人々こそ、私たちの中に自分の存在を喜んでくれる共同体を見いだすべきなのです。説教者は、理解しがたい喜びに感動し、この人たちはなぜこんなにハッピーなのだろう、その秘密はどこにあるのだろう、と自問するはずです。

 11 この総会で皆様は、その中ではほとんどの人々が隣人である地球村(global village)という新しい状況下での会の使命について考えておられます。そこで、フランシスカンの喜びというものが特別な意味を持つのではないでしょうか。第一に、金銭が支配するこの世界では筋の通らない話に聞こえるかもしれませんが、貧しさから生じるものは喜びです。第二に、神の国を夢見ることは喜びです。これは、未来への夢を失っている世界にとっては大変重要なことです。

 12 フランシスコの喜びは、すべてを贈り物として受け取った貧しい人の喜びでした。フランシスコは何も持っていなかったので、完全な寛大さの世界に生きていました。すべての食事がプレゼントでした。むしろの総集会が開かれた時は、5000人ものフランシスカンが集まりましたが、フランシスコは彼らの食事がギフトで賄えると信じていました。これには聖ドミニコもびっくりしたと言われています(小さき花18)。当然のことながら、ドミニコ会の歴史家たちはこのエピソードの史実性に疑問を抱いています。 

13 施しを受けるということは、単なる楽観主義ではありません。それは、すべてをギフトと考える一つの在り方です。聖フランシスコは神から与えられたギフトに常に驚かされました。食べ物や飲み物、光と水、兄弟姉妹、そして存在することそれ自体が神からのギフトでした。G.K.チェスタートンは、フランシスコが「私たちに感謝の原理を教えてくれた」と述べています。物乞いになるということは、ギフトの世界に生きることであり、従ってフランシスコは、いつも喜びに満ち、毎日がクリスマスなのでした。このギフトという感覚は、トマス・アクィナスの神学の中心でもありました。彼は、明晰さをもってVeritas  すなわち真理の目で世界を見るならば、すべては神からのギフトであることに気づくはずだと信じています。ですから、フランシスカンの喜びもドミニカンの喜びも、その根っこには世界に対する感謝の念があるのです。 

14 フランシスコは商人であり、市場の人であった父親の世界を拒否しました。しかし、それ以来今日では、全世界が市場となってしまいました。すべては商品となり、価格がつけられています。フランシスコとドミニコの時代には、土地を完全に自分のものにできるなどと考える人はいませんでした。使用権を持つことはできましたが、土地自体は神のものでした。アクィナスによれば、すべての個人的所有権はすべての人々の共通の利益を条件としていました。しかし、次第にすべてが市場で売りに出されるようになってきた、それが現代社会です。土地と水、そして特に人間が市場で売られているのです。現在では、4つか5つの国際的大企業があらゆる種子の所有権と、肥沃な土地の所有権を巡って競争しています。中には、人間のDNAマップを手に入れて、人間の本性まで所有しようとする人もいるほどです。ですから、ポヴェレッロの喜びは現代のものの見方とは相容れないのです。ポヴェレッロの喜びがあれば、世界を新しい目で見ることができます。私の体験からすれば、最も幸せな兄弟とは最も貧しい兄弟なのです。貧しい兄弟たちはギフトの世界に生きており、彼らが神について語るとき、その言葉には信憑性があります。自分の富をどのように処分したらよいかわからない人は、その富をドミニカンにあげてしまったら良いでしょう。そうすれば、誰が一番幸せかがわかるでしょう。

 15 フランシスカンの喜びは、私たちの地球村にもう一つの課題を投げかけています。そこには理想郷的なイメージがあります。それは、神の国にすでに一歩を踏み出した人の喜びです。具体例を聖フランシスコと動物たちのエピソードに見ることができます。それらを読むと、彼が単にペットをかわいがっていたのではないことがわかります。彼が小鳥たちに説教をした話やグッビオの人々と狼を和解させた話によって、私たちは神の国の到来を垣間見ることができます。「狼は子羊と共に宿り、豹は子山羊と共に伏す。子牛は若獅子と共に育ち、小さい子どもがそれらを導く」(イザヤ116)。 

16 フランシスコが魚に説教をした時、その魚は幸せそうに戻って行ったと伝えられています(小さき花72)。私は典型的なドミニカンですので、この話を聞いて最初に感じたことは、魚が幸せかどうかどうしてわかるんだろうという疑問でした。フランシスカンとドミニカンとでは、動物に対する接し方が違います。私たちドミニカンは動物だからでしょうね。ドミニ・カネス(DominicanDomini Canes)とは主の犬という意味なんですよ。ですから皆様は私たちに親切にしてくださらなければなりません!大聖アルベルトは魚に興味を持っていましたが、それは魚を理解したいと思ったからです。彼は魚が交尾する時に音を立てるのかどうか知りたいと思ったし、ダチョウに金属片を与えて、本当にそれを食べるのか確かめようとしたり、蛇をペットにして酒を飲ませて酔わせ修道院の周りをばたばた這いまわらせたりしていました。

 17 このユートピア的なフランシスカンの喜びは、ポスト・モダンの世界に対して夢見るように私たちを招いてくれます。私たちは未来への夢をほとんど失った社会に暮らしています。私は、人類は何らかの方向に向っていると信じていた文化の中で育ちました。その方向とは、ある人々にとっては資本主義者の天国であったり、またある人々にとっては社会主義者の天国であったりしましたが、いずれにしても信じるべき未来があり、それはしばしば進歩と呼ばれていました。車や飛行機は年々速くなり、国々は大英帝国の専制支配から解放されました。イギリスの食べ物もおいしくなりました。蛙の足やカタツムリを食べることもできるようになりました。神の国は近いに違いありません!これらの夢は、1963年8月28日のマーチン・ルーサー・キングの有名なスピーチ「私には夢がある」にまとめられています。その夢とは、自由でした。「すべての神の子らが、黒人も白人も、ユダヤ人も異邦人も、プロテスタントもカトリックも、手に手を取って、あの古き黒人霊歌『ついに自由に、ついに自由になった!全能の神に感謝、私たちはついに自由になったのだ!』いう歌詞を口ずさむことができる時の自由なのでした。

 18 40年経った今、あの頃の夢のほとんどは失われています。ベルリンの壁は崩壊し、冷戦は終結しました。しかし、フランシス・フクヤマ(「歴史の終わり」1992年)が述べているように、歴史が終わったのです。私たちは、明日を考えることを恐れる「今の世代」に生きています。人類が、貧困と不正の撲滅という共通の運命に向かっているとの共通認識もあまりありません。いくつかの勝利も収めました。たとえば、アパルトヘイトは廃止されましたし、ソ連という帝国ももはや存在しません。しかしまだ、ルラ大統領の率いるブラジルのような、夢がかなうことを待っている国もいくつかあります。人類に新たな夢を与えることは、あなた方フランシスカンの使命の一部ではないでしょうか。それは、諦めと運命論を拒否する喜びのことです。そのためには、皆様は神の国の幸福の先触れであるキリストの再臨の喜びを持っていなくてはなりません。このユートピア的理想主義は、フィオレのヨハキムの思想を受けて、聖霊の時代が到来したと信じたフラティチェリのように、失敗することもあり得ます。しかし、福音を宣べ伝えるためには、夢を見ることが必要なのです。オスカー・ワイルドは「ユートピアの描かれていない世界地図は正確ではない」と述べています。 

19 ですから、フランシスカンの宣教は、すべてが売買される市場のメンタリティに対しても神の寛大さを喜ぶ心で挑戦するのです。私たちの巡礼の冒険をいつも生き生きと保ってくれるのはキリストの再臨の喜びです。皆様がご自分のミッションを新たにしたいと思っておられるのなら、その喜びを共同体の中で生き生きと保つ方法を考えなくてはなりません。兄弟たちは共同体の中で喜びにあふれているでしょうか?この問いかけは、お互いの幸せを心から気遣う気持ちの現われです。私たちは兄弟の幸せに気を配らなければなりません。そのような配慮がなければ、私たちの説教はむなしいものとなってしまいます。私たちは兄弟と共にいることを楽しみ、兄弟の存在を喜ぶ必要があります。どんなに難しくても、私たちは神が兄弟をご覧になるように兄弟を見るようになることができます。つまり、兄弟の存在そのものを喜ぶことです。フランシスコは主が兄弟たちを通して行われたり、言われたりする善いことを喜ぶようにと私たちを促しています。私たちはその喜びを表現しなければなりません。兄弟リッチェーリが苦難と絶望を体験していた時、彼はフランシスコの愛していると言う言葉を必要としていましたが、フランシスコはまさにそうしてあげたのでした。「わが愛する息子、兄弟リッチェーリよ、私はこの世の兄弟の誰よりも、特別にあなたを愛しているのです。」(小さき花27)。私たちは兄弟の幸せに心を配っているでしょうか。それを口に出して言っているでしょうか。私たちの目は、兄弟たちを神からの贈り物として見ることができているでしょうか。 

20 私たちはまた、兄弟たちの夢に対しても心を配る必要があります。人々が修道生活にあこがれるのは、たいていの場合、生活を変える夢があるからです。このことは特にフランシスカンに当てはまるのではないでしょうか。ポヴェレッロは若者たちの心を捉えています。そこで若者たちは私たちのもとにやって来るのですが、彼らは自分の描いていた夢が単調な修道生活のありふれた現実からかけ離れていることを知り、世間の大半の人々とさして違わない人々と暮らさなければならない現実に直面します。これはショックであり、幻滅です。夢は色あせ、若者たちは陰鬱でシニカルになり、中には出てゆく人もいます。私たちは若者たちを、フランシスコのようなユートピア的な喜びを持った現実的な夢想家realistic dreamers)に育てる方法を見つけなければなりません。私たちは、欠点だらけの罪深く弱い私たちをありのままに見ていながら、夢を見続けることのできる兄弟たちを必要としています。スルタンを改宗させるというフランシスコの無謀な計画のような途方もないプロジェクトを抱くように兄弟たちを励ます必要があります。試みと失敗を繰り返しながらも、夢を見続けるように仕向けることが大切なのです。これは、「今の世代」が将来に目を向けていないこの世界に対するフランシスカンの重要な使命の一つではないでしょうか。

 21 まことの深いキリスト者の喜びは、苦難にあって悲しむことのできる能力と密接に関わっています。さもなければ、それはただやたらに陽気なだけです。苦しみを受け入れることができなければ、喜びがあってもそれはむなしい浮かれ騒ぎに終わるでしょう。聖フランシスコの喜びは、聖痕と不可分のものです。アルベルナ山でセラフィム(熾天使)を見た時、「フランシスコは驚きとない交ぜになった甘美さと悲しみに包まれました。彼はことばでは言い尽くせない歓びを感じましたが、一方で、言いしれぬ深い悲しみと同情にさそわれるのを禁じえませんでした」。また、聖ドミニコも、昼は兄弟たちと共に笑い、夜はこの世の罪と苦悩を思って神と共に泣いたと伝えられています。私たちはキリストの受難だけではなく、喜びや悲しみ、そして怒りをも含めた感情をも分かち合う必要があります。この世の苦難(磔刑)、貧しい人々から生まれたキリストの聖痕に心を揺さぶられて初めて、私たちは心の底から喜ぶことができるのです。

 22 インターネットの世界は地球上の夥しい数の人々を結び付けてくれます。それは、情報やニュース、文化、そして特にお金まで流通させるネットワークです。それはすばらしい新世界ですが、たとえば兄弟ジャコモ・ビニは、毎日届く電子メールを眺めながら、時にはコンピューターが壊れてくれればいいのにと思ったこともあるにちがいありません。しかし、インターネットがカバーする社会はほんの一部にすぎません。おそらく人類の60パーセントは電話すら使ったことがないのではないでしょうか。アフリカ大陸のほとんどが取り残されています。

 23 しかし、誰も逃れることのできないもっと大きなネットワークも存在します。それは、大部分目に見えないもので、地球規模の暴力の共同体です。犯罪のネットワークは合法的な取引のネットワークよりもはるかに大きく、成長を続けています。今日の三大産業は、麻薬と武器と売春です。これらは、際限のない貧困と社会の不平等によって増殖し、世界中の農民たちをコカインやヘロインの栽培に駆り立て、何百万もの女性や子どもたちを売春へと追いやっています。今では体の一部を売買するという新手の取引も増えています。貧しい人たちは売るものがなくなった時に、自分の腎臓や角膜を売るのです。これは貧しい人々の磔刑です。このような暴力は大概、西洋社会の大部分の人々の目から隠されています。それが、2001年9月11日に私たちの目の前で爆発したのです。その日、暴力は家庭に入ってきました。見ないように努力してきたすべてのことが、荒々しく目に飛び込んできたのです。この世界の暴力と苦しみに対する悲しみによって深められない限り、フランシスカンの喜びは表面的なものになってしまうでしょう。

 24 フランシスカンの説教は、会の発足当時から平和作りと結びついていました。フランシスコは暴力的な世界で育ちました。イタリア北部の都市は暴力に満ちていました。フランシスコは平和を実現することによって、福音を述べ伝えました。その最もすばらしい例はグッビオの人々と狼の和解の話です。フランシスカンの最初の偉大な説教ミッションの一つは、1233年のthe Great Devotion です。この時も、ドミニカンと一緒の宣教でした。説教の中心は敵対する人々との和解でした。説教のクライマックスはしばしば、みなで交わす平和の接吻でした。兄弟たちは通常、囚人たちを釈放する権限と負債を免除する権限を持っていました。それは共同体の癒しでした。しかし、フランシスコはイスラム教に対する十字軍の暴力にも直面していました。彼はスルタンを訪問するに当たって、十字軍の暴力を拒否しました。フランシスコの兄弟たちは、どうすればこの暴力に満ち、十字架につけられた世界で平和を述べ伝えることができるでしょうか。

 25 何よりも先ず、私たちはこれら苦しみの場所にいなければなりません。それはつまり、危険を冒してでもこの世界の暴力に自分の身をさらすことを意味しています。第一会則には、マタイ福音書を引用してこう書かれています。「主は言われる。私はあなたがたを遣わすが、それは、狼の群れに羊を送り込むようなものである」。第一の条件は、そこにいること、この世界の暴力に対して傷つきやすく無防備なまま、そこにいることです。すべての狼がグッビオの狼のように簡単におとなしくなるとは限りません。私は、ドミニコ会の総長としてさまざまなところを旅して回りましたが、どのような暗い、暴力に満ちた場所にも教会があることに驚かされました。司祭や修道者、特にシスターたちの姿が必ず見られるのでした。他に誰もいなくなっても、ビジネスマンや外交官、そして支援組織までもが立ち去った後も、私たちはそこに踏みとどまったのです。

 26 ピエール・クラヴリーはフランス人のドミニカンで、アルジェリアのオランの司教でした。彼は1996年、暴力に反対したために、イスラム原理主義者たちによって暗殺されました。彼が命を狙われているとわかった時、彼の仲間の聖職者たちは彼に逃げるように勧めましたが、彼は残りました。殺される数週間前に、彼は次のように書いています。

 27 「教会は、崩壊した場所、すなわち、人間を心身ともに十字架につけるような破壊された場所に存在する時、その使命を果たす。イエスは亡くなられて天と地に広がり、両手を広げて、罪のためにバラバラにされ、互いに反目しあい、神に対しても反抗していた神の子らを一つに集めてくださった。イエスはこの罪から生まれた破壊の場所にご自身を置かれた。アルジェリアでは、私たちは世界にまたがる地震帯の上に、すなわち、イスラム/西洋、北/南、富/貧困という地震帯の上にいる。ここはまさに私たちの居場所だ。なぜなら、ここは、復活の光を垣間見ることのできる場所だからである。」 

28 第一会則には典型的なフランシスカンのニュアンスが盛り込まれています。それは、「一つの方法は、口論や争いをせず(無論ドミニカンのようにね!)、神のためにすべての人に従うことである」という個所です。皆様の会憲に記されているように、貧しい人々は教師なのです(会憲93)。

 29 1970年代に、インドへの宣教の準備としてベンガル語を習いにオックスフォードに来たフランス人のドミニカンのことを思い出します。彼は長年労働司祭としてシトロエンで働いてきましたが、新しい使命のために呼ばれていると感じたのでした。私は彼に、インドに着いたら何をするつもりか、どんな計画を持っているのかと尋ねたことがあります。彼の答えは、計画などないというものでした。彼は貧しい人々に仕えるために行ったのです。貧しい人々が彼に何を為すべきかを教えてくれるでしょう。神のためにすべての人に仕えるということは、人々のニーズを理解して働くということです。私たちは人々を助けるのに予め立てられた計画を持って行くのではなく、人々の必要とすることを人々の口から教えてもらうのです。それこそが皆様の喜びではないでしょうか。 

30 さまざまな宗教が混在する場所にいる場合は特にそうです。この世界の暴力は宗教と密接につながっています。貧しい人々が感じているあらゆる痛みや貧困、不公平感を表明しているのは、しばしば世界的な宗教なのです。宗教、特にイスラム教は、世界を席巻して地方の文化を破壊するいわゆる西洋文化の大きなうねりに対して、はっきりと抗議を表明しています。ですから、異なる宗教が出会ってぶつかるところにこそ、神のためにすべての人に従うフランシスカンが必要とされているのです。 

31 私たちの活動は東欧で盛んです。従って、正教徒とも出会います。私たちはこれら他のキリスト教諸教会の信徒たちに仕える者として彼らと共生する必要があります。私たちはロシアの正教会が発展し、再生するのに役立っているでしょうか、それとも、彼らは私たちの存在を競合し、足を引っ張るものと感じているでしょうか。私たちは正教会がソヴィエト帝国時代の不毛の季節を乗り越える助けとなっているでしょうか。皆様は、ドミニカンと同じように、イスラム諸国への宣教を会の優先課題としておられます。私たちは、イスラム諸国のイスラム教徒が近代化にどう直面すべきか悩んでいる時に彼らの助けとなっているでしょうか。それとも、彼らを改宗させるためにそこにいるのでしょうか。ピエール・クラヴリーのお葬式には千人ものイスラム教徒が参列しましたが、その時、ある若い回教徒の女性は次にように話していました。「ピエールは私に信仰を取り戻させてくれました。彼はイスラム教徒にとっても司教でした」。

 32 私たちもフランシスコと同じような課題に直面しています。すなわち、都市型暴力と異宗教間の暴力の問題です。しかし、一つだけ新しいことがあります。それは、私たちの暴力が地球規模(グローバル)だということです。たとえば、コンゴ民主共和国の内戦で兄弟姉妹が苦しんでいる時、その内戦は、ダイヤモンドと引き換えに武器を供与している西欧諸国とつながっているのです。私たちは武器を売り、そこから財を得ている国々に暮らしています。私たちはまた、武器を買い、武器によって殺される人々とも共にいるのです。アフリカのどこかが赤貧に苦しんでいる時、その苦しみはアメリカ合衆国と欧州連合が私たちの農民に支払う巨大な額の援助金としばしばつながりがあります。なぜなら、それが、多くのアフリカの国々の農業を破壊しているからです。私たちは不公正な貿易障壁を押し付けて、安い食料品から利益を得ている政治家たちの信任か不信任かの投票をしながら、そこに存在すると同時に、飢えで死んでゆく人々と共にいるのです。エイズで亡くなってゆく何百万もの人々の死は、貧しい人々にも手の届く安価な薬を製造することを拒む製薬会社の姿勢とつながっています。私たちはそうした製薬会社に寄与しているかも知れないのですが、同時に、エイズの診療所にも私たちは存在しているのです。

 33 もしも私たちが、貧しい人々に仕え、彼らを自分の教師としたいならば、それは地球規模でなければなりません。つまり、貧しい国々だけでなく、私たちのいる富める国々においても、そうするべきです。私たちは管区の管轄区域が孤立した修道生活の場とならないように、むしろ、全世界の秩序の一部となるように心がけねばなりません。そうすることによって、新たな責任感と新たなアイデンティティーの感覚が生まれるのです。地球規模の世界的暴力は、地球規模のフランシスカンの応答を必要としています。コンゴの暴力に対し、コンゴの兄弟だけで対処するのでは不充分です。アメリカや、フランス、イギリスのフランシスカンもこれに取り組む必要があります。なぜなら、私たちはみな、暴力のネットワークに関わっているからです。自分の属する小さな管区の観点から考えていると、私たちは動きの速い世界の中で行き詰まってしまいます。 

34 私たち兄弟は、国境があまり重要ではなくなりつつある新しい世界に暮らさなければなりません。私たちは歴史上最初の多国籍組織でした。国境はフランシスコにとってもドミニコにとっても意味のないものでした。ドミニコはスペインに生まれ、会をフランスに創立し、本部をイタリアに置きました。そして東欧でクマン人(Cumans)に説教をして骨を埋めたいと願っていました。13世紀の小規模な地球村で生まれた私たちの会は、21世紀のより大規模な地球村で羽ばたかなければなりません。総長が新しい国際的な宣教のためのボランティアーを求めている時に、私たちは尻込みして、自分の管区のニーズばかり考えてはいないでしょうか。もしそうだとすれば、私たちは民族国家という旧態依然とした世界から抜け出すことはできないでしょう。

 35 最後の質問です。この新しい世界に対して、どうすれば力強い言葉で語りかけることができるでしょうか?地球規模の市場の力に直面した時、私たちはどのように対処する力をもっているでしょうか?麻薬王たちの巨大な富と、犯罪のネットワークを前にして、私たちにできることは何でしょうか?多くの人々がキリスト教に無関心な昨今、彼らに私たちの言葉を聞いてもらうにはどうすればよいでしょうか?若者たちが宗教に関心を寄せる場合、それは、少なくとも西洋では、水で薄めたような仏教であったり、ニューエイジの汎神論であったりすることが多いのです。どうすれば、無関心で冷淡な壁を突き破ることのできる言葉を話すことができるでしょうか?

 36 私たちは今、適切に伝える方法さえあれば、福音に敏感に反応し得る文化の中に突入しているように思います。産業資本主義の時代は過ぎ去りつつあります。世界はもはや、鋼鉄や車の輸出といった重工業製品の取引によって動いているわけではありません。蒸気や石炭や原子力といった産業から力がシフトしています。新しい世界が生まれつつあり、その中でおもに動いているのは思想であり、シンボルであり、サインです。私たちは「記号社会」に突入しているのです。それはイメージとアイコンの世界です。会社は商品を売るというより、ロゴや商標を売り、それらを通して人々はアイデンティティーを確立してゆきます。コカコーラは単なる飲み物ではなく、地球村に所属していることを示すバッジなのです。そしてマクドナルドは、世界市民への扉を開くというわけです。

 37 産業革命の時代には、キリスト教の力は弱まっていたように見えます。当時私たちはどんな工場を所有していたでしょうか。どんな力を行使することができたでしょうか。「教皇は師団を何個持っているのか」と訊いたスターリンの話は有名です。アメリカの対イラク戦争で明らかなように、軍事力と経済力はこの新しい世界でも重要です。しかし、私たちも正しいサインとシンボルを見つければ、福音を述べ伝えることはできるはずです。シンボルやイメージが語る効果は絶大です。ベルリンの壁の崩壊は物理的な壁の崩壊以上のものを示していましたし、天安門広場の戦車の前にいた華奢な学生の姿は、10台の戦車以上に力強く見えました。

 38 9月11日は人間の生命が奪われ物理的な被害が大きかっただけではありません。それ以上のことを象徴的に表わしています。それは、現代の旅行のシンボルが西洋の経済と軍事力のシンボルを攻撃するという象徴的な出来事だったのです。これらのテロリストたちは、象徴的ジェスチャーの持つ効果というものをよく理解しています。究極的に、彼らに対する唯一の効果的な返答は、平和を語るジェスチャーだと言えるでしょう。その一つの具体例が、消防士たちのチャプレンだったフランシスコ会の兄弟マイケル・ジャッジの死です。

 39 フランシスコはジェスチャーのはっきりした人でした。G.K.チェスタートンはこう書いています。「フランシスコの言ったことは、書いたことより覚えやすかったし、行なったことは、言ったことよりも想像力に富んでいた。・・・衣服を脱ぎ捨てて、父親の足元に放り投げた瞬間から、大地に十字架の形に身を横たえて亡くなった瞬間に至るまで、フランシスコの生涯はこうした無意識の態度とはっきりしたジェスチャーに満ちていた」。チェラノのトマスが書いているように、「フランシスコは〔福音を宣べ伝えるために〕全身を舌にした」のです。ジョットーのフレスコ画の中で、フランシスコを描いた絵は他のどの聖人の絵よりも、雄弁に語りかけています。それは、それらの絵がこうしたドラマチックな瞬間の深い意味を捉えているからです。彼がダミエッタにスルタンを訪ねた時、何と言ったのかを私たちは正確には知りません。しかし、私たちはどんな言葉よりも雄弁に語るジェスチャーを見ています。彼は殉教という究極のしるしまで求めました。フランシスコ・デ・ビエールOFMが述べているように、フランシスコの大胆さは、自分が殉教すれば、教会よりもイスラム教徒に影響を与えるだろうと考えていたところにあります。十字軍の行き過ぎた行動に対して、イスラム教徒はそれとは正反対の極端な証しを求めていました。殉教とは、聖戦の不寛容さを支持する人々に対する抵抗であり、反十字軍運動なのです。 

40 第一会則に書かれているように、「すべての兄弟は行いによって説教すべきです」(Reg NB17.3)。皆様にできることで、現代社会の隠れた冒険心をそそるような行いとはどのようなものでしょうか?どのような神の国のしるしを示すことができるでしょうか?それらは人々に示す大きなジェスチャーとなり得ます。エルサレムの嘆きの壁で泣いた教皇は、ジェスチャーの名人です。嘆きの壁でユダヤ人は神殿が破壊されたことを嘆き、神の国の到来のために祈ります。教皇のジェスチャーは何冊もの書物よりも説得力がありました。 

41 また、ジェスチャーは小さく、ほとんど人に気づかれないこともあり得ます。3週間前に、私はプノンペンのエイズ・ホスピスを訪ねました。そのホスピスはアメリカ人司祭ジムが経営しています。ジムはもう若くはないので、クメール語の習得に苦労しています。私はこれまで世界中のエイズ・ホスピスを訪ねて回りましたが、プノンペンのホスピスで見た人々は他のどこの人々よりもやせ衰えていました。中にはしばらくの間家族のもとに帰るだけの力を回復している人もいますが、大部分の人々は、ホスピスに死ぬためにやって来るのでした。そこで、私はほとんど骨と皮ばかりの青年に出会いました。彼は髪を洗ってもらい、切ってもらって、とても平和に満ちた表情をしており、わたしは思わず涙がこぼれそうになりました。それが歴史の流れをどう変えるというのか?わずかな人々が少しだけ長生きをし、尊厳をもって死んでゆく、それだけのことではないかと考える人もいるかもしれません。しかし、兄弟姉妹の皆様、プノンペンのこの小さな共同体は神の国をもたらす秘跡となっていたのです。

42 ですから、フランシスコとクララの喜びを持ちつづけましょう。私たちの説教を説得力あるものにするのはこの喜びなのです。陰鬱な説教から良い知らせがもたらされると信じる人などいないでしょう!喜びがあるからこそ、私たちの目はギフトの世界に向けられるのです。神の国を指し示してくれ、人生の冒険を続けるように促してくれるのはこの喜びです。従って、私たちは兄弟の喜びに心を配ることが大切です。兄弟に夢を持たせ続けなければなりません。究極的に、この喜びはこの世界の苦しみを体験することによって深められるのです。空しくなるほどの苦しみなくしては、喜びも表面的なものに終わってしまうでしょう。しかし、この新しい世界の苦しみは地球規模であり、地球規模の応答を必要としています。私たちはみな隣人なのです。民族や国家や自分の愛する管区といった小さな視点で自分を捉えないようにすることが大切です。 

43 ジェスチャーやサインやシンボルは、このワールドワイドウェブの世界でも雄弁に語ることができるということを信じてください。現代はフランシスカンの宣教にとってすばらしい時代なのです。ドミニカンの宣教にとってもすばらしい時代ですが、その話はまた別の機会にいたしましょう!神の国を語る大胆なジェスチャーを見つけてください。そうすれば、話を聞いてもらえるでしょう。 

NB:この講演は英語で行われました。原文は総本部ウェブ・サイトで入手できます。)
http://www.ofm.org/capgen/00/varia2/CGradEN.doc