小さき兄弟会総集会
ポルチウンクラ
 
(サンタ・マリア・デリ・アンジェリ)
2003・05・25−2003・06・21
(日本語版)

教皇ヨハネ・パウロ二世のメッセージ
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教皇ヨハネ・パウロ二世のメッセージ

 

  小さき兄弟会総集会

ポルチウンクラ

小さき兄弟会総長、ジャコモ・ビニ神父様、 

1.聖フランシスコと聖クララの町で招集された総集会に、総長であるジャコモ・ビニ神父様を初めとして、小さき兄弟会の皆様へ心からの挨拶を送ることができるのはわたしにとって限りない喜びであります。総集会がポルチウンクラで行われることは、ここが「無原罪の」という称号をもって皆さんが会の保護者として特に選び、敬愛してやまない諸天使の聖マリアのまなざしのもとに、小さき兄弟会が始まった場所という喜ばしい出来事を生き生きと思い出させてくれます。 

会則(VIII)にあるように、「聖霊降臨の」総集会はフランシスコが認識していた聖霊の根本的な役割を明らかに示しています。フランシスコは聖霊を小さき兄弟会の「総長」と呼ぶのを好んでいました(2チェラノ193)。聖霊は兄弟たちを清め、照らし、愛の炎で心を燃やし、主イエスの御跡に従って御父のもとへと導くのです(全兄弟への手紙VI,62-63)。 

このような意味深い総集会に、アシジのフランシスコとその弟子クララによって始められた業を継ぎながら、もはや何世紀にもわたって教会への奉仕をしてくださったフランシスカン修道家族にわたしの心からの感謝の気持ちを新たにできることはこの上ない喜びです。さらに、わたしはこの機会を利用して、総集会のメンバーの皆さんと全世界の兄弟の皆さんに、今までやってこられた兄弟的歩みを見直すため、また現代の世界においてより効果的な使徒的活動をするために役立つことを少し申し上げたいと思っています。 

2.2000年の大聖年の終わりに、わたしは使徒的書簡「新しい第3千年期に向けて」をもって、世界のすべてのキリスト者に第3千年期の霊的優先性を呼びかけようとしました。そして、聖性こそが司牧的歩みの目指すべきものであるという全体像を躊躇することなく明言しました(30番参照)。福音化のあらゆるプログラムにおいて、「恩恵とキリスト、キリストとつながった内的生活と聖性が最優先されねばならないことを強調しました」(38番)。その上、特別な役割を展開するように呼ばれているのは奉献生活をしている人々なのです。なぜなら、この人々は、天の御国の預言的証人となる特別な使命を帯びているからです。このことは聖性に向けての絶えざる緊張を包含しています。シノドス後の使徒的勧告「奉献生活」をお読みになれば、そのことがよく分かります。すなわち、「奉献生活をしている人々の聖性への絶えざる取り組みは、今日かつてないほどに必要とされています。それは、また、完徳に向けて歩んでいるすべてのキリスト者が抱えている緊張を支えることにもなるのです」(39番)。 

「聖性への道が多様であり、それぞれの召命に適したものであるならば」(新しい三千年期に向けて、31番)、皆さんの会の会則と会憲の中には、「教会によって認可された特別なカリスマに従っている歩みが謳われていることでしょう」(奉献生活37番)。この歩みは、修道誓願の日に自由に引き受けた取り組みを死に至るまでの英雄的忠実さをもって守り通した皆さんの兄弟たちであるフランシスカンの聖人たちや福者たちによって辿られたものです。聖性の教師であり、模範である彼らを仰ぎ見、その模範からインスピレーションをいただき、それについての理解を深め、またその取次ぎを願い、典礼を通して記念することによって皆さんは大いに助けられることでしょう。 

3.総集会は、「行って、壊れかけているわたしの家を修復しなさい」という十字架からフランシスコに三度呼びかけられた声が永遠に響き渡っているアシジの町で行われます(ボナベントゥ−ラの大伝記11:1)。 

ここ数年、社会の著しい変化によって、フランシスコ会はこの特別な呼びかけを現実に合ったものとするための刺激を受けており、会のカリスマを一貫して生きるためにその重要性の理解を深めてきました。このような考察は、教会的・宣教的奉仕を明瞭にしていく必要性を皆さんにより一層感じさせました。それはキリストが若きフランシスコに委ねられたものであり、インノセント教皇から次のような言葉で確認されたものです。「兄弟たちよ、神とともに行きなさい。神からいただくインスピレーションのままに、すべての人に回心を説きなさい」(1チェラノ33)。 

フランシスコ会にとって重要なことは、自らの固有な宣教スタイルを保つことです。それは、清貧と兄弟的生活、そして観想の精神に駆り立てられて、「正義と平和および被造物の十全性(JPIC)」を誠実に求めるスタイルです。また、会員一人一人、そして全兄弟体がキリスト教共同体の各地の司牧者たちと心を合わせてキリストの唯一の教会建設のために協力することも不可欠なことです。 

皆さんの会は、教区裁治権者たちと一致して常に新たな従順の精神と教会との交わりのうちに、「それが遠方に行くことになっても、いたるところで良い知らせをもたらしながら、キリストのみ国を堅固にし、広めることに貢献する」(奉献生活78)ことでしょう。 

4.皆さんの唯一の目標は使徒的選択と決定において、「人々の魂の救いsalus animarum」でなければなりません。それはちょうどアシジの貧者が実行したことでもあります。彼は常に、ただ、兄弟たちの救いに熱心でありました。「神の御ひとり子が人々の魂の救いのために十字架にかけられたことを」考えながら、フランシスコは「キリストが愛した人間を自分も愛さない限り、自分がキリストの友ではありえないと思っていました」(2チェラノ172)。そして、「悪魔が滅ぼそうと狙っている魂を救い上げるために自分が神から遣わされたと深く自覚し、すべての人のために死んだキリストとともに生きることを選んだのです」(1チェラノ35)。 

「人々の魂の救い」はまた、「体においては愛する御子に似た者として、霊においてはキリストと思いを一つにして」創造された人類の権利と尊厳を促進するようにフランシスコを駆り立てたのでした(訓戒5)。またさらに、被造物の保護にも心を配りました。なぜなら、すべてのものはキリストにおいて、キリストによって創造されたからです(コロサイ1:16−17参照)。特に、フランシスコの生き方は、「神のもとにある決定的至福」(奉献生活33)の光に照らしてすべてのものを見、理解するようにと彼を導く絶えざる霊的目覚めにおいて際立っています。彼のこのような神への愛から、「悪徳と善徳、苦しみと栄光」(会則IX)を人々に説教したいという熱心な気持ちがほとばしり出たのです。親愛なる小さき兄弟の皆さん、ここにこそ教会に於ける皆さんの使徒的「スタイル」が宿っています。この総集会の実りとして、皆さんのこれからの挑戦の上に、現代の要求により即したものとなる指針が与えられるように祈っています。 

5.「収穫は多いが、働き手が少ない」(マタイ9:37)。キリストのこの言葉は、働く場所の広さと働き手の数の少なさを目の当たりにしているわたしたちの心に響いてきます。宣教の飛躍的発展について語るのは、いささか現実にそぐわないようにも思われます。というのは、フランシスコ会でも会員数の減少と高齢化がすすんでいます。しかし、このことで何も希望を失ってしまうことはありません。かえって「刈り入れの主が働き手を送ってくださるように」(マタイ9:38)集中的に祈るように、また召命に向けての司牧的戦略を新たに模索するようにと促しを受けているのです。 

どうして信頼を失うことがあるでしょうか。もし、イエスご自身が小さき兄弟会の「第一の守護者」であるとフランシスコに保証してくださったのであれば・・・。主は次のように約束してくださったのではないでしょうか。「兄弟たちを召し出したのはわたしであり、わたしが彼らを守り、養うであろう。もしある者が離れ去って行けば、わたしは別の者たちを呼ぶであろう」(ボナベントゥーラの大伝記III:3)。このことを念頭において、祈りと生活の証によって召命を促進し関わってください。事実、わたしたちが信じているのは、「神は石からもアブラハムの子孫を生まれさせ(マタイ3:9参照)、不妊の女にも子を宿らせてくださる(奉献・使徒的生活会省、「キリストからの再出発」16)」ということなのです。フランシスコ会が他のフランシスカン・ファミリー、および教区と協力して召命のための司牧、奉献生活を望んでいる志願者の養成に多大なエネルギーを注いできたことは賞賛に値します。 

アシジのフランシスコとクララの魅力は若者たちにとって大きいものがあります。そして、第3千年期の世代の人々にも人生の本質的な価値をより一層注意深く考察するよすがとなり得ます。こうして、各人は、神の呼びかけに対する応答の中に人生の総合的な姿を見出すのです。それは特にこの場合、御国のために自分のすべてを捧げていくように、という呼びかけへの応答なのです。 

四つのフランシスカン・ファミリーの総長たちによって祝うように呼びかけられた聖クララ帰天750年祭は、フランシスコ−クララ的な観想生活、使徒的生活、隠遁生活、そして在世フランシスコ会員としての生活への召命をよりよく認識するための絶好の機会となりましょう。 

6.皆さん自身がすでにキリストと福音に情熱的にかかわっている人たちなのです。皆さんこそ、絶えざる祈りの人であり、天の御国をまるごと選んだ人の喜びを証しているのです。「神と福音的価値がキリスト者の生活の中で有している卓越性」の雄弁なしるしを提供するように努めれば努めるほど、皆さんの取り組んでいることは効果的な実りをもたらすでしょう(奉献生活84)。 

いつも身につけている伝統的なハビトは、それを見るだけで、すでに回心と清貧と素直さともてなしと単純さと神への完全な帰依とを人々に印象付けるインパクトがあります。これこそが皆さんの際立った特徴なのです。皆さんの典型的なカリスマに常に忠実にとどまっていてください。そして、同時に、賢明と賢慮をもって今の時代に求められている使徒職に心を開いてください。 

聖霊がその光りと力によって、皆さんが「清く、誠実な良心と愛をもって心にも身体にも」キリストをまとう者となれますように、そして「模範として人々の前で聖なる業を輝かすことによって」キリストを生み出す者としてくださいますように(全キリスト者への手紙53)。 

聖フランシスコと聖クララ、そして皆さんの保護の聖人たちが、この総集会を見守り、小さき兄弟会と教会の善のために豊かな実りをもたらしてくださいますように。「新しい福音宣教の星」であるおとめマリアが、宣教への取り組みに対して皆さんが忠実であるように助けてくださいますように。フランシスコは兄弟たちを絶えず宣教へと励まして言っていました。「主のうちに信頼しなさい、そうすれば主があなたを支えてくださいます」(1チェラノ29)。 

「教会として造られたおとめ」(幸いな処女マリアへのあいさつ)、使徒たちの女王、そして「小さき兄弟会の弁護者」である聖母マリアに目を向け、毎日ロザリオを唱えてください。ロザリオは最も傑出した福音的、フランシスカン的祈りです。 

このような気持ちを込めて皆様ひとり一人のことを主のみ前で思い起こしながら、わたしは総長様と総集会に集まった兄弟の皆様、そして世界中に広がっているすべての兄弟の皆様に特別な使徒的祝福を心から送ります。

バチカンにて

2003年5月10日